それでも愛してる

病なんかぽぽいのぽい 音楽聴いて穏やかに生きていこ  毎日が冒険の日々ー

とび子は今日も空を跳ぶ

抜粋

超愛園児、とび子へ

 

とびこゆき

1974~2013

急性リンパ性白血病

2月14日 6時2分 永眠

享年38歳

 

 

 

 

 

 

3.15分の冒険、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

保育園の送り迎えは
母親が自転車
ゆきは後ろに乗る
朝の出発時間は
8時半
15分程で保育園に着く
保育園の鉄の門でゆきを下ろして
そのまま母親は帰る
ゆきの一日が
始まる


朝の保育園
9時が育成開始時間。

母親が送ってきて子供を預け帰ろとすると
預けられたほとんどの園児が
母親追いを始め
泣き始める
保育士によって数分で静かになり
母親たちは帰ってゆく

保育園に入るには
緩やかなのぼり坂のアスファルト道路をのぼり
左に門がありそこからが保育園の土地である。
門は狭く潜ると
30m先に
保育園の建物と運動場がある
30メートル先まで
砂利道
幅が4m弱
全ての母親が子供の手をひき
砂利道を歩き
保育園に到達する
毎日の日課

門を潜り
砂利道を
とぼとぼ歩いていくゆき
保育かばんには
ゆきの大好きな
おばあちゃんに買ってもらった
犬のキーホルダーが
やたらでかくてゆれる
そのキーホルダーを
他の園児からからよくかわれている

砂利道の端にはずらっと保育園建物入口まで
園児が小鉢に植えた
季節の花が並んでいる
ゆきはそれを興味深そうに
止まってしゃがんでは触ったりじーっと見つめたり
独り事を言ったりして
いきなり立ち上がるとまた建物目指して歩いていく

他の園児たちは平均8時40分ぐらいには
建物に着いている。
ゆきはその砂利道を
毎日15分かけて歩いて建物に到着する
好奇心旺盛で
何かを見つけたら立ち止まりもぞもぞしたり
まっすぐ止まらず歩いていけばすぐ建物に到着し余裕なのだが
毎日保育園開始時間9時に到着してしまう
たまに遅れてしまうこともある
ただ遅れたときはおばちゃんに教えてもらった
ごめんなさいを先生に大きな声で言う

4、おきにいりのばしょ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

雨が降りしきる6月
ゆきは5歳になった
ただそれだけである
変わったのは家から保育園まで
歩いていくことになったことくらいだ
独りで

一度母親はゆきを保育園まで独りで歩かせ
どれくらいかかるか時間を測ってみた
1時間かかった
ゆきは誕生日
6月7日から家を7時45分に出て
保育園に行く日々が始まった

何もない
何も変わらない
雨の日は傘をさすだけ
毎日ちゃんと9時には保育園に到着する
たまに遅刻をしたときは先生にあやまっていた
先生はそれは知らない
ゆきも言わない
何も変わらない
ただゆきは門で下ろされて
独りで建物へ歩いていく練習を教育されていると
先生たちはきっと思って何も言わなかったんだと思う

ゆきには日課らしきものがある

保育園に向かう途中の
中間地点ぐらいで
いつも前を通っている酒屋の
前に置いてある小さなブロックに
ゆきは毎日座って
少しだけ休憩する

休憩が終わると
ゆきはまた保育園にむかって歩き出しならぼそっと言った


あとはんぶん

 

少し口癖になってきた

5、ゆきの夜、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


保育園終了時間というか夕方母親たちが子供を迎えに来る時間は
だいたい
5時過ぎぐらい
全ての母親がそうではないが平均それぐらいだ
中には母親の仕事の終わる時間が遅く
夕方6時半くらいになって帰っていく園児もいる
ゆきは毎日保育園から帰る時間は6時
6時になると帰る用意を始め先生に帰りますと言う
先生とさようならをしてから帰っていく
ゆきが初めて保育園から帰ろうとして先生に帰りますと言ったとき
お母さんは?と聞かれた
こう答えたの覚えている


いません

ちょっとゆきちゃん待っててねと先生は言うと
ゆきの母親が勤めている会社に連絡をしている
母親は門まで歩かせてそこから帰りますから
甘やかさないでくださいと言っている

卒園式の最後の日の帰るとき
先生がゆきにそのことを話した
そのときなんと思いなんて言ったかはまったく覚えていないらしい

先生は母親が言ったその通りにして毎日が進んでいた

わからないことがある
ゆきがお母さんは?と聞かれ
いませんと答えたとき
先生はどう思ったのだろう
考えてみたけど分からずじまいだ


せんせいさようなら!


いつも先生との帰りのご挨拶が終わり
保育かばんをかけたゆきは
6時ちょっと過ぎの毎日の帰り道
砂利道を歩く
どうしても端のお花が目に入って
いっつも触ってしまう
梅雨明けが近づく季節の空
夕方6時すぎになると
まだ夏近しとはいえ
少ずづ薄暗くなってくる
夕焼けが遠くの方で雲の隙間から
吉塚の町を照らしながらゆっくりと消えていく


あらー!おじょうちゃん
毎日、偉いねえ。今日は雨が降らんよかったねー


帰り道にちょこちょこ会うかっぷくのいいおばさん
ゆきは帰り道
お気に入りの休憩所を過ぎたくらいで
そのおばさによく話しかけられる


こんばんは!
あとはんぶんです!


そうやったねええ!
車にきをつけて帰んなさいよー!
今日の晩御飯はママはなんつくっとーやろねー!
ゆきちゃんいっぱい食べて大きくならないかんよー!
そう言ってゆきにまたねーって手をふって
家に入っていった
夕方家の前を掃除してるただのおばさんだ
だいたい、ゆきが家に帰り着く頃はもう
7時20分くらいになっててゆきは部屋にあがると
園児服を脱いでハンガーにかけて
お風呂まで歩いて行く時の
母に言われている服にに着替えて
洗面器に
石鹸と身体をこするタオルとバスタオルを入れて
最後に大きなビニール袋にパジャマを押し込んで
お風呂に歩いていくのが
いつものゆきの決まった行動
ちっさい体に結構な荷物だが
よたよたしながら
お風呂に歩いて行って
ゆきの大好きなお風呂たいむ

ゆきの住んでるアパートは
平長い廊下があるアパートで
お風呂と便所は住民共同だ
ゆきの住んでる部屋は一号室で
お風呂まで長い廊下を歩いていくんだけど
部屋からお風呂まで一番遠かった

ゆきはお風呂がやたら長い
だいたい7時40分くらいにお風呂に入ってるが
お風呂から上がって
脱衣所でパジャマに着替えて
部屋までとことこ戻ってくると
だいたいいつも8時20分前後に毎日なっている
お風呂が終わり部屋に戻ると
ゆきのいつもの行動が始まる

台所に行き
母に教えてもらったカルピスを作って
テレビをつけて
やっとっ畳の上に座り
カルピスを美味しそうにごくごく飲む
飲みながらテレビを見て
カルピスがなくなると
日時計は8時40分を過ぎている
ゆきは台所に行き
いつも台所に置いてある母の置き手紙に
目をやるが読めないのであまり気にせず

あんぱんが詰め込まれた袋が
冷蔵庫にあるのを確認すると
ゆきは明日の朝ごはんはあることを安心して

二個入目玉焼きとインスタントのコーンスープを作り
毎日ごはんだけは炊けているので
これもまた大好きなおばーちゃんに買ってもらった
犬がフォーくとナイフをもって舌を出している絵の
小さなお茶碗にごはんをよそおり
はじめにごはんをちゃぶ台に持っていき
次に二個入り目玉焼きをついだお皿を持っていき
次にコーンスープをゆっくりと持ってくる
次に麦茶を冷蔵庫からだしてちゃぶ台に持っていき
最後にゆき専用おはしを持っていく
このころがだいたいいつも毎日9時になってる


いただきます!


テレビを見ながらゆっくりと夕食を始めるゆき
ゆきは食事をするとき必ずごはんを初めに食べる
もぐもぐかんで飲み込むと


おひゃくしょうさん


ぼそっと言って
食事を再開する
テレビに夢中になって食事がたまにピタって止まる
思い出したようにまた食事をはじめる
それの繰り返しをいつものんびりやっている
食事のしめくくりは
いつものコーンスープ
何故暖かい時に飲まないのか覚えてないけど
いっつもなぜかそうだった
当たり前だがスープは冷えてしまっている
ゆきはあんまり気にしないようで
ただだまってごくごく飲む。
飲み終わると下に残っているコーンを必死とって食べる
コーンが食べ終わってやっと食事が終了する


ありがとうございました!


母にごちそさまやろ!て
何回も怒鳴られたが何のクセなのかつい
食事が終わると
ありがとうございました!
と言ってたのをしっかり覚えている
時間はたまに極端に違う時がたまーにあるが
だいたいこの時点で時計の針は10時を指してることが多い

 


食べ終わるといつものゆきとは思えない
しゃきしゃきした行動になる
食器を洗うのだ。
好きなのか向いているのか覚えてない

ただ今でも食事が終わると
食べ終わったすぐに食器を洗い
テーブルの上を綺麗さっぱりする

ゆきの数少ない得意と言ってもいいかもしれない
手順は悪いか
がっちゃんがっちゃん音たてながら
洗い物をする

わったらおこられるわったらおこられる

ぶつぶつ独り事言いながら
いつも洗い物をする

完了すると部屋に戻り
子犬の絵が
敷布団と掛け布団と枕じゅうに描かれている
小さいお布団を窓際の壁にくっつけて用意して

歯磨きをはじめる。
ばなな味の歯磨き粉や
イチゴ味の歯磨き粉なんかが
欲しいんだけど
毎日ライオンマークの
でっかくて長い歯磨き粉で歯磨きする

やっと自由時間?そういうことができる頃は
毎日10時40分ぐらいになってしまう

ゆきの遊びの時間
正方形の縦横5センチくらいの積み木セットを
だんぼーるのおもちゃ箱から引っ張りだしてきて
積み木箱をばらばらばらとひっくり返して
積み木をひたすら積み重ねていく
積み木がだんだんゆらゆらしてくる


ここからがねーここからがねー


ぶつぶつ言いながらそーっと積み木をのせていく
ここでほとんどの確率で積み重ねられた積み木は
がちゃがちゃがちゃっ!!と音をたてて崩壊してしまう
そしておきまりのように

やっぱねやっぱね

言いながら同じことを繰り返す
こうやってゆきの夜は深けていく

ゆきはお布団を用意するが
めったにお布団で寝ることがなくなった
ただひたすら遊びたいだけ遊び続けて
気付いたら
ゆきは
ゆきも気付かないうちに
遊び道具の中で埋もれて
毎日うたた寝のようの倒れて
深い眠りに入っていく

時計の針は優しく
0時半を
さしていた

 


5歳

 


あまりにも
あまりにも
あまりにも


涙が

 

書こうね

がんばろう


6、ゆきの朝、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

母親はいるときと
いないときがある
ゆきは朝6時におきる

起きてから散らかったままのおもちゃをかたして
お布団をたたみ
顔を洗って歯磨きして
それから冷蔵庫の上のあんぱんを袋ごと掴んで
部屋にもどってちゃぶ台の上にあんぱんをおいて
次は冷蔵庫を開けて
牛乳をもって部屋にもどる
テレビをつけて
ちゃぶ台の前に座る

あんぱんも牛乳もないときもある
今日はらっきー
ぴんぽんぱんという幼児向けの番組を見ながら
あんぱんをぱくぱく食べる
ぴんぽんぱんのなかで
出演している子供たちが
番組の終わりに
おもちゃの木のなかにいっぱいおいてある
おもちゃを「わー!」ていいながら
奪い合うのをみて
ゆきはぴんぽんぱんに毎朝出たいと思っていた

食べ終わると
ゆきの朝の楽しみ
おばあちゃんに電話する

 

おばあちゃん?
おはよう!
ゆきかい
おはよう
お母さんはいるかい?


いないよ


そうかい
朝ごはんは食べたかい?


たべた!
あんぱんだった!


そうかい
今から
保育園かい?


うん!
いってくるけ!
おばあちゃん
またあそびいくけ!
ばいばい!


いきなり電話きる

満足したら
園児服に着替え
黄色いカバンを肩からかけ
黄色い帽子をかぶり
ぱっと時計をみる
7時30分
時計の読み方だけは
おばあちゃんに
しっかり覚えさせられた

テレビを消して
朝ごはんの片付けをし

やがて時計は7時40分をさす

靴をはいて外に出で
ドアに鍵をしめて
ひもにぶらさがって鍵を
首からさげて
ゆきの出発の始まり

 

 


宇美町
長屋の古い家がつならぶ

 

今日もゆきは独りかい

豊子は何をしてるんかいね
なんてふびんな子じゃ
あたきが足が動けばねえ


きっと、おばあちゃんは
そう思ってたんぢゃないかなあ


今でもたまに考える

どうかな


7、始まった孤独への対抗心、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

7月下旬
蝉、追い紫暮

園児たちは夏休みに入る前に
園内で履く上靴と各、組のそれぞれの棚に置いているふでばこを
持って帰ることになっている

園児たちが帰る支度をして
上靴とふでばこもちゃんと母親に渡している


じゃあ、みんなー
たのしい夏休みを楽しんでねー!
食べ過ぎたり飲み過ぎたりして
お腹いたいいたいならないようにね!

宿題おぼえてるー?
毎日の絵日記をちゃんと書いてきてねー!

 

はーーい!!

 

ぢゃあ、帰りのご挨拶をしましょう、はい!

 

せんせい、さようなら!
みなさん、さようなら!

 

はーい!またね!


お母さん方々も、わざわざありがとうございました
夏休み、子供さんたちと
いっぱい遊んであげてください
それではまた9月1日にお会いしましょう
お気を付けてお帰りください


がやがやと園児たちと母親たちの会話の中
すりぬけるように
ゆきは帰っていく


ゆきちゃん、まって!!


先生が呼び止める
くるっとふりむくと
先生はゆきの目線に降りてきた


夏休みはどうするの?ゆきちゃん


おばあちゃんとこにいきます!


あら!そうなの!
よかったわねー!
ゆきちゃん、おばあちゃん大好きだもんね!
そのわんちゃんのキーホルダー
かわいいもんね!
おばあちゃんに買ってもらったもんね!


はい!
さようなら!


ちょ、まって!
あ、あのね。
お母さんは今日もお仕事?

 

しりません!
さようなら!


ちょ!ちょっとまって、ゆきちゃん


この折り紙の裏に
先生の家の電話番号書いてある
だから
何かあったら電話してくれる?
寂しいときでもいいんだよ?
電話かけかたわかる?


わかります
ありがとうございました!
さようなら!


そう言うと
珍しくゆきは走って帰っていった
先生はただただ心配そうに
ゆきの後ろ姿を見送る

 

ゆきちゃん
いつでも電話してきて

 

先生はそんなことを思うのかな

 

 

 

 

 

 

 

帰り道


歩道の横の側溝に
ゆきは

 

折り紙を捨てた

 


8、絶対的進行する魂の目覚め、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


おばあちゃんの家にお泊りに行く前日
母は酒の匂いをぷんぷんさせて
知らない男と帰ってきた

ゆきはお泊りの準備をしている途中だった

 

お前、何やってんだ?


お、おばあちゃんのおとまりのじゅんび


独りでいってこい! 
わははははは
頭を叩かれた

豊子、酔っ払いすぎやろ!
はよ、がき寝かせろや
できんやろ

 

ぎゃはははは

 


黙って
準備をした
涙がぽろぽろでた


いけんかもしれん
いけんかったらどうしょ
おばあちゃんにあえん
どうしょ
おばあちゃんちしらんけん
とおいんやろか
どんくらいかかるんやろか
あるいていけるやろか
にもつすくなくせな

 

 


何、泣きようとや、うっとうしいの!
はよ寝れや!

 


すぐにお布団に入り
目を閉じた
どすっと布団を蹴られた

 

 

 

しばらくして部屋の電気がきれた
暗闇の中
母親の喘ぎ声が
聞こえてきた


ぜったい
おばあちゃんち
いったる
やくそくしとるもん
じゅうしょのかみはもっとる
おとなにきけばいい
ぜったいいったるけ
おみやげもあるけん
ぜったいいったるけん

 

 

 

 

泣きながら
眠りについた

 

 

 

 

 

 

こんなにもか
こんなにもか
こんなにもだったか

 


9、疾風怒濤、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

ばちっと目が覚める
布団の中からそっと目を細める

 

誰もいない

 

がばっと飛び起きる!
100円入った犬の財布を掴んで
すぐさま電話をする

 

はよでて
はよでて

 

んー
もしも?

 

おばあちゃん!
いまからいくけ!!

 

ゆきかえ??
おーおー
まっとるけん
お刺身もこうとるよ
花火もおもちゃもいっぱいあるけんな
電車何時頃つきそうや?

 

いくけん!!
まっとって!!

 

ツーツー

 


急いでかけ直す

 

でらん


なんや
どういうことや
どうなってるんか!

 

 

外に出た。静かにそしておもいっきり息を吸い込むと


ゆきは走り出す


おばあちゃんに渡す
保育園で作った
肩たたき券にぎりしめて
おばあちゃんの住所のメモをにぎりしめて


ゆきは走り出す
午前6時


5歳児は
朝もやの中
愛する人のもとへ

全力疾走する

 

ここにはどういけばいいですか!


バス停で停車してるバスに駆け上がって
運転手にでっかい声で放つ


ぎょっとバスの運転手がゆきを見る

 

お嬢ちゃん
バス乗るのかい?
このバスは宇美にはいかんよ?

 

バスでいかん!
どうやっていけばいいですか!


乗らんなら
悪いけど
降りてからお母さんに聞いてみ


黙ってバスを降りる

バスは発車した

 

きょろきょろと周りを見渡す


パン屋のばーちゃんが目に入った
パン屋のばーちゃんに走っていく

 

ばーちゃん!
ここどうやっていくんけ!


おはよう、ゆきちゃん
なんやて?見せてみ


老眼鏡を外し目を細めて
ゆきの差し出した住所を読んでみる

 

ゆきちゃん
ここまで独りでいくと??

 

いく
はよおしえて!

 

ばーちゃんは目を見開き言う
ゆきちゃん
お母さんはどうしたんや
ゆきちゃん独りじゃ遠すぎるけん
絶対いけんよ!

 

いくいうとるやろ!
おしえて!

 

ため息をつく
ゆきの目線に降りた

 

あんな、こっから20キロは多分あるとよ?
わかるか?
大人の足でも歩いて何時間かかる思っとーと?

 

はよおしえてて!

 

黙ってゆきを見つめた
ゆきはばーちゃんをじっと見つめている

パン屋のばーちゃんは
ため息をして言った

 


ちょっとまっとき
ここおるとよ


ばーちゃんは店に入っていった
ゆきは首からぶら下げている
ストップウォッチを見る


はよ
はよ

 

ばーちゃんが出てきた


ゆきちゃん
これもって27番のバスに乗るんや
そったら東宇美町てバス停につくけん
そこで降りて
公衆電話があるけん
そっからおばーちゃんに電話し
わかるか?
バス停まで一緒にいったるけん
そういって小銭をゆきに渡そうとした


いらん!
お金もろうたら
おばあちゃんに怒られるけ!
もういい!!


ゆきが走り出す


ゆきちゃん!まちんさい!!
ゆきちゃん!!

ばーちゃんは立ち尽くした
走っていくゆきの後ろ姿を見るしかなかった


こんな
こんな
こんなことあっていいんか!
あの子どうなっていくんや!!


ばーちゃんは泣きながら

彼女の
後ろ姿をきっと見ていたって多分思う

 


何時間経っただろうか


前から自転車が来た
走るのをやめ、立ち止まる
がっと自転車を見る

 

おまわりさんや!

 

警官がゆきの前で止まった
自転車から降りて
ゆきの目線に降りた


お嬢ちゃん、何してんの?
お母さんは?

 


考えた
凄く考えた

 

おつかいです
ここにはどうやっていけばいいですか!


おばあちゃんの住所のメモも渡す
警官は受け取り黙ってそれを見る

 

おつかいかあ
えらい遠いなあ
おつかいならなあ

あのな、この道をな
まっすぐ歩いて行くやろ?
そったらでっかい川に赤い橋がかかっとーけんな
それ渡ったら
すぐにバス停があるけん
そこは東宇美てバス亭や
わかるか?
そやけどな、

 

 

ありがとうございました!

 

 

走り出した

 

 

ちょっとお嬢ちゃん!
まちなさい!!


風がかき消す
疾風怒濤の保育園児
走る走る走る走る

 

膝が震えだす
ひたすら走る走る走る

 

 


全身汗だくで
赤い橋を目指す


おばあちゃん
よろこぶ!
まっとって!

 

 

夏の太陽は容赦なくゆきを干からばせた

 

 


赤い橋
バス停
公衆電話

体中の痣
ぼろぼろのスニーカー

 


陽は西の彼方に沈み
やがて満点の星空がゆきに降ってくる


走ることができなくなり
これこそ
「這いずる」
と言うかもしれない

それでもゆきは行く

愛する人のもとへ

 

10、風、打ち抜いた保育園児、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


トルゥルルルルルル


急いで電話に出る

 

ゆきか!!
どこや!
何してんのや!

 

激しい息遣いだけが聞こえる


ひがしうみ
こっからどういくと

 

                  
おばあちゃんの目から涙が吹き出た

 


なんやて???
どうやってきたんや!!
独りか??
どういうことや!
今からいくけん、動かんでまっとき!
わかったね!?

 


うん
うごかん
うごけん

 

電話が切れた

 

タクシーを呼んで
急いで運転手に言う


「東宇美のバス停まで!」

 

 

 

夜の闇
光もなく
煌々と輝く星空満点の空の下
バス停のベンチで
ぐっすり眠るゆき

 

 

 

タクシーが急停車する

 

 

 

 

 

 

ゆき!!!
ゆきちゃん!!

 


起きない

 

 

 

 

 

 

どういうことや!!
これ
これ
これどういうことや!!!

 

 

 


汗だくの
ぼろぼろのゆきを見て
叫びながら
必死で抱きかかえる

 

 

 

 

 

 

 

そのままタクシーに乗り込んだ

 

 

 

 

 

午後10時過ぎ

 

 

 

 

 

 

 

泣き声と小さな寝息が
タクシーの中で
いつまでも
木霊した

 

 

 

ゆき、5歳
根性の20キロ


11、おばあちゃんの朝ごはん、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

 

 

 

 

 

こんな

伝説じみた

最下層で

必死で生きようとした

 

香椎の片隅の

女の子のお話

 

 

 

 

『とび子は今日も空を跳ぶ』~無限道の一つの物語~